触るも離すも優しく優しくクラッチワーク、オッサン的感覚

さて、今回はクラッチワークだ。クラッチワークというと教習所で発進の際の半クラッチをしつこく習ったことを思い出す。オッサンがスポーツドライビングを楽しむために頭に入れておいた方が良いと思うことを書いてみる。

最近の車におけるクラッチの立ち位置

近頃、クラッチは車の走行にとって非常に大事で特異な操作なのだ。
というのはAT限定免許が出始めてから日本ではクラッチを見たことも触ったこともない人が多くなっているからだ。普段のお買いものや仕事でもマニュアルミッションの車に乗る機会がどれくらいあるだろうか?
TomTomの場合は全くない、全ての車が2ペダルの車でクラッチが無いのだ。スポーツカーでもGR-Rをはじめ2ペダルしか最初から用意していない車も増えてきている。という現状を踏まえてクラッチの事が風化しているような気がするのだ。
しかしスポーツドライビングではクラッチは車を楽しむのに欠かせない存在でもあるのだ。ここでクラッチの役割を改めて見てみよう。R35GT-Rのコックピット、最初から2ペダルしかない
↑ R35GT-Rのコックピット、最初から2ペダルしかないのだ、最近はこうした高性能車も多くなってきた、スポーツカーでもクラッチが付いている事が当たり前ではなくなってきているのだ、画像はメーカーサイトより拝借

動力伝達装置の一環であるクラッチ

ここからは前提として3ペダルのMT車を想定する、その車のクラッチは良く整備されていて滑らないものとしよう。クラッチはご存じの通りエンジンからの動力を駆動輪に伝達する際の断続装置なのだ。
クラッチを繋げば駆動力は駆動輪に伝達され車は走る。逆にクラッチを切れば駆動力も断絶されて車は走らない。非常にシンプルな仕組みなので分かり易い。
教習所ではこの車が走り出す際にスムーズに動けるように半クラッチという技術をしつこく教えられたものだ。半クラッチとは文字通りクラッチを切れた状態から繋ぐ状態に遷移する際に少しづつ繋いで行きトルク変動を極力抑えるやり方だ。こうすればエンストせずにスムーズに車は発進できると教わった。
ここから言えることはクラッチの動作状態は3種あるという事だ。1つ目は繋がった状態(100%駆動力伝達)、2つ目は切れた状態(0%駆動力伝達)、3つ目は半クラッチ状態である(1と2の間の状態)。
実はここにクラッチの最大の重要な動きがあるのだ。
クラッチの働き
↑ クラッチの働きを簡単に図にしたもの、左がエンジンで右側がタイヤホイールとなる、ここではONとOFFしかないが半クラッチと言う重要な状態もあるのだ、画像はオグラクラッチから拝借

駆動輪とトラクションとクラッチの関係

ここで重要になってくるのが駆動輪とトラクションの関係だ。
サーキット等の舗装された路面だとミューが高いためにそれほどトラクションは意識しなくても良いかもしれない。逆にダートやスノーだとミューが低いのでトラクションを意識しないと車は前へ進めないのだ。つまり最適なトラクションを得るためにアクセルワークでエンジンを制御し、最後の仕上げにクラッチで駆動輪への駆動力を制御するのだ。その最後の砦がクラッチなのだ。
極端に言うと舗装路でも静止状態からエンジン6,000回転からクラッチをスパっと繋ぐと駆動輪が盛大にスリップをして白煙を上げるような状態になるだろう。これは路面とタイヤのトラクションが確保できてない状態であり車が前へ進まない状態なのだ。これは極端な例だが教習所の半クラッチもスムーズに発進するための最適なトラクションを得るためのクラッチワークとも言えるわけだ。
今まではこれを発進(加速状態)の事を主に書いたが、逆に減速状態でも同じことが言える。

加速側:スタート時のクラッチワーク

教習所で発進するような場合の半クラッチがあると書いた。これはクラッチの基本の動きだ。
スタンディングスタートの場合(レースとかラリーとか)は発進する際のクラッチワークが勝敗を決めることもある重要な操作である。車によるがかなりの高回転でクラッチをミートしなければならないし、その際に路面とのトラクション状態を自分自身でモニターしながらクラッチを調整する。これができないとスリップの多い(トラクションが確保できていない)状態でのスタートとなりタイムが出ない。
こういったことからスタンディングスタート時は路面状況と相談しながらドライバーが微妙なクラッチワークを行う必要がある。
個人的な意見だがこうした微妙な操作を行うためにクラッチワークは踵をフロアに付けた状態で行うのがベストだと思っている。

加速側:変速時のクラッチワーク

スタートすれば次はシフトアップが必要になる。この際にもクラッチワークは必要だ。ただしこの際にはスタート時ほどトラクションに気を使うことな無いかもしれない。
トラクションよりもタイムを出すためには素早いシフト操作とクラッチ操作が要求される。レブリミットまでエンジンを引っ張りクラッチを切りシフト操作をし、クラッチを繋ぐ操作の際にスパっと繋げる事が出来れば気持ちが良いしタイムも出る。この高回転回った時にクラッチの接続がスパっと行く(クラッチが滑らない)ためにはクラッチそのものの性能もモノを言う。いわいる強化クラッチというパーツがスポーツドライビングに必要なのはそのためなのだ。

加速側:特殊なクラッチワーク

ラリーではクラッチを蹴るという表現を使うが特殊な操作も行う。非力な車でダートの登りのコースでは良く使うテクニックだ。
例えば登りのダートコースでギア比が合わず、高いギアだと失速、低いギアだとエンジンが回りすぎるという状況がある。この時に高いギアで一旦クラッチを切りエンジンを高回転まで回してクラッチをスパっと繋ぐのだ。すると駆動輪がトラクションを失いスリップする、このためにエンジン回転数は最初の状態より高い回転数をキープできるのだ。そこから車速を乗せて行くというような場合に使うが、非常に特殊な使い方だし車に負担を掛けるのだ。この技術は使い方を誤ると車のコントロールを失う事にもなるので要注意である。

減速側:変速時のクラッチワーク

例えばサーキットで減速していく局面を考えてみよう。この際にトォ~アンドヒール(リールアンドトーのTomTom的言い方)で減速とシフトダウンを同時に行っていく。
この時、シフトダウンした際にクラッチを繋げるところを考えてみる。この時の車の状態はフルブレーキング中で非常に絶妙なバランスを保った状態でなのだ。こういう時にシフトダウンしクラッチを乱暴に繋ぐとどうなるか、回転が合っていない場合は駆動輪がトラクションを失う(スリップする)という事になる。この時にヨーが残った状態だと(ブレーキングをしながらステアリングを切り込むような場合の横Gがある時)どうなるか?たぶんFFならアンダーステアが出てFRならアンダーステアが出る。つまり狙ったラインに車を乗せる事が出来なくなるのだ。ヘタするとコースアウトするかもしれない。
この場合はトォ~アンドヒールで回転を合わせてクラッチを繋ぐか、半クラッチを用いてスムーズに繋げるかのどちらかになる。クラッチの耐久性を考えるとトォ~アンドヒールで回転を合わせた方が良いだろう。

減速側:特殊なクラッチワーク

加速側でクラッチを蹴るという事を書いたが、減速側でもこうした事を行う場合がある。例えばFR車の場合に姿勢変化のきっかけとしてシフトダウンして回転を合わせずスパっとクラッチを繋ぐのだ。回転を合わせないので当然駆動輪である後輪は一瞬ロック状態となってトラクションを失う。この時に横Gが掛かっているとリアを外側に降り出すという姿勢になる。結果としてはブレーキングドリフトと同様の効果がある。つまり車のバランスをわざと崩してしまうという時に使うのだ。

クラッチワークのキモ

つまり、今まで見てきたことからクラッチに対してどういうことが言えるかと言うと。車の状態に応じてスムーズなトラクション(加速も減速も)を実現するためにクラッチの操作を絶妙に行う必要があるということなのだ。車全体から見ると加速局面でも減速局面でもトラクションの過剰な変化を抑えるということだ。これが出来れば車全体のバランスを保つことができてスムーズに走ることができる。 ただし特殊なクラッチワークとしてのクラッチを蹴るということはこれとは少々異なる。

クラッチはパワートレーンの遊びとしての機能を持つ

少し構造的な事になるが車全体のパワートレーンを考えてみる。するとエンジンのクランクシャフトから取り出された駆動力はミッションを通り、フライホイールとクラッチを経由してデファレンシャルギアに伝わり、最後にドライブシャフトからホイールへ伝達される。この経路の中でクラッチ以外はリジットな接続なのだ。
クラッチ以外はギアの噛み合いとなっていて力が逃げる要素が無い。クラッチの構造は摩擦材をフライホイールに押し付けて伝達する仕組みなのでこの摩擦材の部分が逃げの部分なのだ。逆に考えればクラッチが滑るということもある。
つまりパワートレーンの中では唯一滑ったり力を吸収できる部分だ。何が言いたいかと言うと、無理な力を逃がすポイントを作っておかなければどこかのギアが欠けたりして壊れるという事だ。従ってクラッチは消耗品という考え方を持ってパワートレーン全体の逃げの役割を持たすべきだと考えている。
クラッチの構造
↑ クラッチの構造、左からクラッチカバー(スリットが入ったところがスプリング)、真中がクラッチディスク(こちら側に見えているのがフェーシング)、一番右側がエンジンに付いているフライホイール、クラッチペダルを踏むとクラッチカバーのがディスクから離れてクラッチが切れる、フェーシングは昔はアスベスト系が多かった、今ではノンアスベスト系やカーボンもある、画像はオグラクラッチより拝借

クラッチの構造と種類

具体的にはクラッチはカバーとディスクで構成されている。ディスクはフライホイールが固定されているシャフトに固定される。クラッチカバーはスプリングの力で自身とディスクを押し付けてフライホイールからの力の伝達を行う役目を持つ。スポーツ走行ではカバーを強化されたもの(スプリングが強い)に交換して圧着力を高めることが普通だ。ディスクはいくつか種類があり、通常はフェーシングと呼ばれるブレーキパッドのような摩耗材が付く。強化クラッチだとこの摩耗材の耐久性とか温度特性が高いモノとなり過酷な操作にも耐えれるという訳だ。
摩耗材にはこうしたブレーキパッドのようなモノとは別にメタルと呼ばれるものを使う事もある。これは摩耗や温度には大変強いのだが、フライホイールとペタっと繋がってしまうしスリップもほとんどしない特性を持つ。他にもプレートの数が多いモノ等の特殊なものがあるがここでは割愛する。
特に過酷な使用状況の際にはこうしたメタルクラッチが有用だが一般的には逃げが無いためにラフな操作でパワートレーンの他の部分を壊してしまう事がある。TomTomもメタルクラッチを入れていた際に発進の際のクラッチワークをラフに行ったためにデフのピニオンギアを割ってしまったことがある。やはりどこかに逃げを残しておくことが必要だ。こうした事からクラッチは強化カバーとメタルではないフェーシングをお勧めする。またクラッチは消耗品と考えるべきなのだ。
メタルクラッチの例
↑ メタルクラッチの例、左がシングルプレート、右がシングルプレートでもダンパーレスのものだ、真中のディスクが金属でできているのがメタルクラッチ、半クラがやりにくい反面耐久性に優れる、個人的には他を壊す可能性が高いためお勧めしない、画像はオグラクラッチより拝借  

クラッチワークは優しくしなきゃ

こうして見てくると加速でも減速でもクラッチは非常に大切な役割を持っている。スムーズなトラクション、ひいては車の姿勢制御やコース取りを考えればクラッチの操作は非常に大切だと分かる。 そこでクラッチワークは踏むときも離す時も優しく優しくしなければならない。特に離す時はより優しくしなければならない。これを頭に入れればもっとスムーズなドライビングができると思う。

クラッチの将来

業務で使用する車両を見ればわかるように大型のバスやトラックでも2ペダル化が進みつつある。
クラッチはそれこそ何年か経つとクラシックカーやビンテージカーにのみ付いていた運転のためのデバイスという時代が来るだろうと思う。現代のスポーツカーでは2ペダルのDCT(ダブルクラッチ)ミッションを積んだモデルのほうがMTモデルよりも加速タイムや燃費が良い場合が多くなっている。それだけ微妙なトルク伝達が人間クラッチよりもできるようになってきたという事なのだ。
この流れは止めれないだろうし技術はもっと進むだろうから将来的にクラッチは無くなる方向性だ。逆に今だからこそクラッチワークを楽しめる時代なのだろう。今のうちにMTの車に乗りクラッチワークを楽しもうではないか。

今回はこのへんで
では