趣味でクルマに乗ることについて他人と比べることは無意味だなぁと納得した夜

 

久しぶりに友人から電話がかかってきた、そこでお話した内容が印象に残った。
その内容というのは趣味でクルマに乗ることについて他人と比べることは無意味だということをお話した。
管理人も長年クルマに乗っているが(かれこれ40年近い)、これには納得である。
そんなことを書いてみた。

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管理人は競技の世界が長かった

管理人はクルマのみではなくていろんなジャンルのスポーツの競技に関わってきた。

競技に自分で参加するカテゴリーとしては、自転車競技(マウンテン/ロード)、ラリー競技だった。
メインではないがラリー競技のための練習としてはダートトライアルやジムカーナにも参加してきた。
家族が参加する競技としては、競泳、飛び込み、ラグビー、ダンスだった。

競技として参加する以上は、より上位の成績が得たいと思うのは当り前のこと、それだけに順位やタイムが非常に気になる。
より上位の成績を得るためにはどうしたら良いか?、そのために何をしたら良いか?をもっぱら考えてきた。
クルマを例に取ると普段からステアリングワークやシフトワークもシャドー練習していた。
またイメージトレーニングと称してビデオもよく見ていたものだ。

管理人の頭の中の構造がそのような構造になってしまっていた。

今では履く機会がないレーシングシューズ…
アシックスのレーシングシューズ

ここぞという時にベストを出したいという気持ち

こんな管理人だったからクルマに乗る時はいつも気合を入れて乗っていたものだ。
ある意味それは今でも変わらないが、内容が変化してきている。

競技に出るとか、そのための練習に行くとかという時はかなりメンタル的に上げないといけない。
怖かったり、うまく行かなかったりしたらどうしよう?とか、今回こそは自分の望む成績を獲得したいとかと考える。
それらの緊張感が重なって胃が痛いことが多かった。

しかも乗り込むクルマがラリー仕様のクルマだったから体力的にも結構きつかった。
振動が激しく、ノンパワステだったり、クラッチが重たかったり、タイト過ぎるフルバケットシートだったりした。
体調の悪い時はクルマに乗れなかったものだ。

そんな感じだから車に乗るっていうことはある意味特別なことだった。

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クルマの楽しみって千差万別だ

ある時、競技を離れるとクルマって純粋に面白いとか、クルマをつかってこんなことがしたいとかと考えるようになった。
具体的に言うと管理人の場合はラリー競技をやめてからは四駆に乗り出した。
これにはハマってしまったものだ、もともとアウトドアが大好きだったこともあり峠で沸かして飲むコーヒーはうまかった。

純粋に走ることから、ちょっと違った方向性へ転換したのだった、どちらかといえば冒険小旅行という感じか。
目的地への道中にあちこち寄り道する、脇へ入ったり遠回りしたりする、これが楽しい。
こんな道があったんだとか、こんな街があったのかとか、ここの景色は素晴らしいとか様々なことだ。

それに管理人の住む関西は冬場はそれほど雪が降るわけではないが地域によっては雪深いところもある。
そういった時にそういった地域に四駆で出かけることも楽しみのひとつとなった。

管理人の場合は普段はクルマは不要な生活だ。
だから生活のためでもなく、職業でもなく、純粋に趣味としてクルマに乗る。

クルマの趣味って他の趣味と同じくその人によってかなり異なる。
着る服の趣味なんかがその最たるものではないだろうか。
自分ではええ~と思うようなことでも、当の本人はそれが気に入っている場合も多々ある。

他人に自分の趣味をけなされるほど腹立たしいことはない。
それはよく分かるから放っておけば良い。

ZC31でセントラルサーキット、走行会にて
管理人が初めてサーキットを走った際の画像その1

クルマの楽しみって自己満足だ

何が言いたいのかというと、クルマに趣味として乗っている以上あくまでも趣味なのだ。
競技のようにスピードやタイムや着順を競っているわけでもなく、安全に、できればスムーズに目的地へ着けば良い。
道中が楽しければなおよしという感じ。

先日、管理人はツーリングに出ていた。
コロナ禍があるがゆえに管理人の住む兵庫県からはできるだけ出ないようにした。
その時に感じたのが、S660にちょうどよいワインディングを走っているとまことに気持ちが良かった。
あ~この感じ、この感触、とひとりニタニタしながらドライビングをした。
結構長い距離を走ったので終盤は疲れが出てヒールアンドトゥをミスったりした。
それでも楽しく気持ちが良かった、そんなものなのだ。

物理的に速い車でも遅い車でも自分が気持ち良いと思ったらそれで良い。
その感覚は他人がある程度は理解できるかもしれないが、完全に理解できるものでもない。
文字で表すと完全に「自己満足」だと思っている。

今年も行ってしまった標高1000mツーリング、氷ノ山へ登る国道482号線にて
20200809氷ノ山へ登る国道482号線にて

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電子デバイスに乗せられている感イッパイ

自己満足ついてに物理的なクルマそのものも自己満足の塊だと思っている。
最近のクルマは電子デバイスがてんこ盛りである。
腕がなくてもある程度速く走らせることは容易になったし、なにより安全性が高まった。

クルマの趣味ってバランスを崩すギリギリの線が楽しいと思わないだろうか(管理人はそう思う)。
最近のクルマは公道上ではどうやっても姿勢を崩すことができない。
このへんは自動車メーカーもよく研究していて、公道上の管理された環境ではそのクルマはキチンと設計上の走りを見せる。
この先を見たかったら、電子デバイスを外してサーキットへ持ち込むしか無いだろう。
でもそれは現実的には難しいことだ。

管理人もS660に3年以上乗り続けているが、ドライビングに関してはS660は非常に安全なクルマだと思う。
イロイロやってみたが管理人の場合はS660が破綻を見せたことはない。
こんな小さな、軽自動車で、それほど高価ではないクルマなのに、これほど奥が深いのか?と感心したりすることが多い。
もっとコストを掛けれる高価なクルマだとなおさらだと思う。

 

自己満足の究極の形…

本当にクルマを走らせる楽しみを得ようと思うと、少し前の電子デバイスが無い、または少ない原始的なクルマを調達して自己責任で楽しむしか無いのではないだろうか。
電子デバイスの無い分、限界は低いし、安全性も低い、ついでに税金も高くなってしまうかもしれない。

理想なのはそうしたクルマをサーキット用に所有することだろう。
サーキットならそうしたクルマを生き生きと走らせることができる。
そういえば管理人がセントラルサーキットへ通っていた時に、サーキット専用車を持ち込んでいた人が多かった。
その車種は古いが少し尖ったクルマや珍しい車が多かったように記憶している。

管理人の場合、こうした生活を確立するにはライフスタイルから変えないといけない。
しかし逆にそれも一つの理想を実現する方法なのではないかと思う。

今回はこのへんで
では

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